東京高等裁判所 昭和56年(う)804号 判決
一 所論は、要するに、原判決は、車両の運行を直接管理する地位にある被告人が原判示の会社の業務に関し、同社の自動車運転手兼鳶工許斐伴樹に対し、同人が過労のため正常な運転ができないおそれがある状態で車両を運転することの情を知りながら、同会社から原判示の通信ケーブル埋設工事現場までの往復の間、普通貨物自動車を運転することを命じた、として道路交通法七五条一項四号、一一八条一項三号の三を適用し、被告人に対し懲役刑の宣告をしたが、右の規定は構成要件の明確さを害し、憲法三一条及び三九条前段に違反する違憲無効な規定であり、また道路交通法七五条一項四号は、自動車の使用者等は、過労により正常な運転ができないおそれがある者に自動車の運転を命じてはならない旨規定しているものであるところ、右法令の立法趣旨からして本件有限会社東重機興業は運輸業者でもないし、ノルマを運転手に課している会社でもないから、本条の対象である使用者ということはできない、したがつてこれを被告人の本件所為に適用した原判決には法令適用の誤があり、その誤が判決に影響を及ぼすことが明らかである、というのである。
しかしながら、道路交通法七五条一項四号において、「使用者等」は、命じてはならないとされている同法六六条所定の「過労運転」とは、精神又は肉体の相当程度の疲労が車両等を運転するに必要な注意力、判断力あるいは運動能力等に悪影響を及ぼし、正常な運転ができないおそれのある状態に達することをいうものと解されるとし、この疲労程度が右の「過労」の域に達しているかどうかは具体的状況に応じ、社会通念に従つて十分これを判断し得るものと認められるものとしている原判決の解釈は、当裁判所においてもこれを相当として是認することができるから、道路交通法の右規定が構成要件の明確性を害し違憲無効であるということはできない(なお昭和五〇年九月一〇日大法廷判決参照)。
二 所論は、原判決が本件に適用した道路交通法七五条一項四号の立法趣旨からして、有限会社東重機興業は本条の対象である使用者にあたらないというが、同条一項は単に「自動車の使用者(安全運転管理者等その他自動車の運行を直接管理する地位にある者を含む。次項において『使用者等』という。)」は、とのみ規定しているのであつて、これを所論のように狭く限定的に解釈しなければならない文理上の根拠はなく、またこれを本件のような運輸業者でない「自動車の使用者」に適用すべき実質上の理由は十分存在するものと考えられるから、本条を本件に適用すべきではないとする趣旨の所論は独自の議論であつて到底採用することができない。したがつて道路交通法七五条一項四号の規定は構成要件の明確性を害するものではなく、なんら憲法三一条及び三九条前段に違反するものではないとし、かつ道路交通法七五条一項四号を本件に適用した原判決には所論指摘の法令の適用の誤があるものとすることはできない。論旨は理由がない。